2015年11月24日

125話 さようなら

 今年も、残り少なくなりました。近所の地主さんの家の庭に、大きなゆずの木があります。黄色い実がたくさんなっています。昨日、松陰神社前の駅をおりたら、ある家の前に、山盛りのゆずの実がおいてありました。1つ50円。あれ、2つだったかな? ちょっと忘れてしまいました。「無農薬」と書かれていました。うちの近くの地主さんは、冬至が近づくと、「自由におもちください」とメモをだして、ゆずを玄関先においておいてくれます。もちろん、感謝していただきます。

 さて、この「ひなたぼっこばなし」にも、たびたび登場した我が家の車ですが、とうとう、「さようなら」をしました。息子たちが18歳のとき、免許をとってすぐに買った車です。色はワインレッド。姿も美しく、それでいて馬力があるそうで・・。正直、運転しない私には馬力の話とか、「羊の皮をかぶった狼のような車」とか言われてもよくわかりませんが、とにかく大活躍してくれました。そして、とにかく、よく壊れました。
ボンネットから煙はでるし、止まっちゃうし。レッカー車に乗せられる姿を何度みたことか。

でも、2000年の夏、家族が倒れた暑い夏の日、毎晩のように、病院と家を往復してくれました。不思議に、夏に弱い車なのに、まったくトラブルがありませんでした。タイヤのホイールが知らない間にとんでなくなっていましたけど。家族全員にとって、とても辛い出来事でしたが、車は淡々と私たちを運んでくれました。運転手役の夫はそのあと倒れましたけれど。

 実は、ある年の暮れに一度廃車にしました。修理するのにお金がかかるし、千葉のお花畑にいったときにレッカーされ、もう限界と感じたからです。でも初夢にワインレッドの車の夢をみてしまったのです・・。私が。
そのことを話すと、夫と息子は、すぐに車をいれた店に電話をして「まだまにあうか」と聞きました。「まにあいます!」。そして、また、戻ってきたのです。

 たかが、「もの」というかもしれないけれど、そこには、亡くなった父や弟が乗った最後の車であり、大変なときに活躍してくれた車であり、息子たちが初めて免許をとって、親戚のいる金沢まで交代で運転した車でもあるという記憶が私には残っているのです。なかなか、「さようなら」はできませんでした。でも、クーラーもこわれ、後ろの窓ガラスも動かなくなりました。修理するか、しないか・・。もう、決めないといけないと思いました。そして、「さようなら」することに決めました。

 結局、車は息子の友人の家にもらわれていきました。息子たちは、廃車にするにしのびなくて、貰い手を探していたのです。ぼろぼろの車をあげるのは、申し訳ないといったのですけれど。小さなお子さんのいるお家にもらわれ、屋根付きの車庫にいれられて、「車もうれしそうだったよ。」と、息子がいっていました。納車する夜、息子たちはぴかぴかに磨きました。私は去っていく後ろ姿を見ることができませんでした。
 
 今、新しい車に乗っています。愛着がまだわきませんが、これからもいろんな思い出を、この車とつくっていくのだろうなあと思いつつ。ときどき、ワインレッドの車を見るたびに、目でおってしまいます。
DSC01410.JPG
さようなら。ありがとう。
posted by あさえ at 12:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月01日

第124話 びっくりハロウィーン

 朝晩、すっかり冷え込むようになりました。空気が冷たくて気持ちがいいです。10月25日の十三夜も、25日の満月もとても美しく見えました。十三夜は、意外に細長くてスマート。日本古来からのお月見行事ということですが、日本人はまんまる顔より面長顔が好きということなのでしょうか。昔の人は、静かな秋の一夜、月にお供え物をして収穫を感謝していたのでしょう。
十三夜ひきJPG.JPG
十三夜。きれいだったな。

10月31日はハロウィーンです。ここのところ、ものすごく盛んになっています。31日の夜の渋谷のスクランブル交差点の様子をニュースでみましたが、ものすごい人で、警備も厳重で、異様な雰囲気を感じました。仮装して自分ではない何かになるわけですから、箍が外れて普段はしないようなことをしてしまいがちです。事故や事件が心配です。

 ハロウィーンの起源を調べてみました。昔、アイルランドの古代ケルト人はケルト暦を使って暮らしていました。その暦では、新年が11月1日。その前日の10月31日は大晦日でした。新しい年があける前に、魔女や悪魔がやってきて、悪さをすると言われていたので、人々は31日にかがり火を焚き、お供え物をして帰っていただきました。子どもたちが、悪魔などの仮装をして「トリック オアトリート」といいながらもらうお菓子は、お供え物の意味があるそうです。それがアメリカに伝わり、ちょうど収穫の時期と重なるので収穫を祝う意味も加わったのだそうです。ランタンも、アイルランドではカブでしたが、アメリカではカボチャを使うようになりました。
 私の街の商店街でも毎年400枚のチケットを用意して約45店舗ほどの店が、仮装してくる子どもたちにお菓子をあげるというイベントをしています。和菓子屋には、カボチャやおばけの饅頭が並びます。店の人も仮装していてとてもにぎわいます。地域での人々の交流や、自分の町やお店に愛着をもってもらうという意味ではよいと思います。みんな、楽しそうですし。

 でも、私がすごく驚いたことがあります。31日の夜一晩、小さなランタンを庭に置こうと思って、30日に100円ショップにいったら!山のようにあったハロウィーングッズは姿をけし、クリスマスグッズがぎっちり並べられているではありませんか。「ハロウィーンは明日だし、クリスマスは2ヶ月先だし。季節の行事って、なんなんだ!」ともやもやしてきてしまいました。経済優先。なりふりかまわない商魂。ということで、我が家のジャック オ ランタンは、リーフ オ ランタンとなりました。
かれはおばけ.JPG
番犬付きだから魔女も悪魔もこない。




posted by あさえ at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする