2014年08月11日

第107話 人形供養をする

 なんて暑い。「熱い」という感覚のほうがあっているようなきょうの天気です。旧暦のお盆の入りの日、府中にある慈恵院に、ぬいぐるみをもっていきました。人形供養をするためです。このお寺には先代の柴犬ナックを合同墓にいれていただいています。盲導犬のアイメイト協会のお墓や、実験動物、学校で飼育されていた動物の慰霊塔もあり、なぜか心休まるお寺です。今回は引越しにともない、山のようにあるぬいぐるみを整理する必要に迫られての人形供養。いやー、選ぶのは大変な作業でした。

 なぜぬいぐるみが多いかというと、双子の息子にいただくので、同じものが2つづつあるからです。息子たちが大きくなってからは、毎年クリスマスの時期に、ツリーの足元にぬいぐるみたちをずらりと並べていました。でも新築の家は収納が少なく、狭いのでぬいぐるみをしまっておく場所がありません。ぬいぐるみはバザーには出せないし(ダニなどの問題があるようです)、クリーニングするにしても高いし。ある人は、袋にぬいぐるみをいれ、塩で清めて燃えるゴミの日に出すといいます。それもいいのですが、息子たちが遊んでいた姿が目に浮かび、どうも……。そこで、人形供養に出すことにしました。

 人形供養とまる.jpg
 さようなら

 大きな犬の人形を小脇に抱え、柴犬まるをつれてお寺の受付にいくと、お坊さんと事務の方がにこやかに迎えてくれました。夫が、「たくさん、あって…。あっ、でもこの柴は供養に出しませんから」などと冗談をいい、みんなで笑い合ったりしてから、収納所にお人形を収めました。小屋に入ると、「わあ!」っていうくらいたくさんのお人形がいること、いること。今回迷いに迷って家に残すことにしたスヌーピーよりずっときれいなスヌーピーもいます。クラシカルな日本人形も。うちのぬいぐるみも仲間にいれてもらい、小屋を出ました。一緒にいった息子が、大きな犬の人形を小屋の外から見える位置に置いたものだから、振り返ると目が合う……。もう〜〜。戻って、小屋の中にいれました。

ぽん前.jpg
すっぱそうなぽんちゃんたち

 「供養」。国語辞典によると「仏や死者の霊にものを供え、経を読んだりしてなぐさめ、冥福をいのること」とあります。日本には「包丁供養」「針供養」など使い古した「物」に感謝する風習があります。それはきっと、「物」にも生き物と同じように「命」を感じているからではないかしら。「人形」は特に。今回、お寺にもっていく寸前に家に残ることになったぬいぐるみが4つあります。そのうちの2つは、息子たちが2.3歳ぐらいのとき、ふたりにしかわからない言葉で長い時間遊んでいた「ぽんちゃんごっこ」の主役たち。そしてあと2つは、息子がお寺に到着してすぐに、「これ、覚えてるんだよな。とっとこう」といったクマと犬。
きょう収めた人形は、8月17日に人形供養されるそうです。家で手を合わせたいと思います。

人形いっしょ.jpg
左がクマ。右が犬。ブラウスは私が作ったんだ〜。
posted by あさえ at 14:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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