たくさんの人たちが、被災地に燃料を運ぶ、という一点に集中して力をあわせて実現した輸送計画でした。そこに使われたのがいまではあまり活躍する場所がない古びたディーゼルきかんしゃたち。「最後にいい仕事をさせてあげられました」というJR貨物の方の言葉がしみます。
地震直後は恐ろしくてこわくて、くらいニュースが多く、不安になりました。だからこそ、わたしはこの燃料輸送のニュースに「希望の光」をみたのです。そして伝えたい、と思いました。
3月5日から12日までブックハウスカフェで、4人の作家仲間と「あの日をわすれないで 作家4人の書いたそれぞれの3.11」展を開きました。10日に4人が自分の作品について語りました。わたしはデーデの読み語りをしました。取材のエピソードをたくさん語りたかったのですが、時間がなく残念でした。でも、いろいろ説明しなくても絵本がすべてを語ってくれていると思います。読者の方が、「知らないところでこんなふうに動いてくださっていたことを知って、わたしもだれかのデーデになりたい。」とお手紙をくださいました。

そして、福島県立図書館では震災から8年たって、中学生高校生になった子どもたちが福島のことを、調べたい知りたいといってくることがあるということで、「本はともだち 福島を知る・福島を伝える」という冊子を作成しました。そのなかで、震災の絵本のなかから「デーデ」を選んでくださった司書さんがこのようにおっしゃっています。
「 『はしれディーゼルきかんしゃデーデ』は、福島で読み継がれる絵本だと考えています。「デーデの本ありますか?」と親しみを持って聞かれることが多い本です 。私はデーデを、あのとき福島に手をさしのべてくれた人たちの象徴のように感じています。」と。
わたしが「こどもたちに伝えたい」と強く思ったあの感情はいまでも覚えています。つらかったけど、書いてよかった。デーデはもう、解体されていないけれど、絵本に姿をかえていまも走り続けている。そう思います。
もうすぐ、2時46分。黙祷を捧げたいと思います。
【関連する記事】