2020年04月08日

第225話  モッコウバラ

 新型コロナウィルスの感染を予防するために、昨日安倍首相が非常事態宣言をしました。今日の午後、駅のスーパーに買い物に行きました。ガラガラでした。みんな、もう買い物を済ませたようですね。私は出遅れているみたい。乾物(ひじき、切り干し大根、高野豆腐)、里芋、ジャガイモ(小芋で揚げて甘辛く味付けするととても美味しい)、春キャベツ、ごぼう(人参がやけにあるのできんぴらごぼう作ろうかと)、麦茶などを買いました。そしてピクルス用のカリフラワーを買い忘れたことに気がついて、八百屋さんに行ってみました。そうしたら、レジでお客さんたちが、ちゃんと前の人と距離をとって並んでいました。人と人の間にジャイアントパンダ一頭分開けると言われていますが、特にお店に貼り紙があるわけではないのに、つまり、言われなくても自主的にそのように並んでいたわけ。えらいなあ。私の前の人は、マスクと帽子と水中眼鏡みたいなメガネをして、お金のやり取りではなくカードで支払ってました。ウィルスを一粒もつけないぞ、という感じ。ウィルスは「手を洗う。手で顔を触らない。石鹸でも落ちる」そうですし、そんなに怖がらなくても大丈夫とお医者さんから聞きました。それにしても、スーパーに小麦粉が一つもなかったのはなぜ?

 渋谷は夜、閑散としていて走り回っているのはネズミの大群だけだとニュースで報じていました。普段は見えないところにいるネズミですが、人間たちが生活しているすぐそばで生きているのですね。なんとも・・。
   
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 いい季節。気温差はあるけれど、日向を歩くとポカポカしていて、風はちょっと冷たくて。桜は終わりましたが、なぜか今年は気持ちがウキウキしませんでした。桜はいつもと同じように咲いているのに。うちの小さな花壇も賑やかです。昨秋、孫たちと植えたチューリップの球根がすくすく育ち、花を咲かせています。種類を変えたので、花びらの形も色も違って面白いです。そしてモッコウバラが可愛らしく咲いています。白ヤマブキも。植物は季節のものさしを目安にいつもと同じに咲いて、散っていく。大きな自然の流れの中で生きています。人間もそうだったはずなのに。
 ちなみにモッコウバラの花言葉は「幼いころのしあわせな時間」だそうです。孫たちが、そして全てのこどもたちが、たくさんの幸せな時間を過ごせますように。心から願っています。

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2020年03月23日

第224話  花が買えない

 2月、花屋さんの店先には色とりどりの花が並んでいました。いつもなら買うのですが、買おうと思って店の中に入っても買う気持ちになりませんでした。なぜだろう。きっと母が入院していたから。11月下旬から入院し、2月の下旬から状態が悪くなりました。私はほぼ毎日病院に通っていました。電車とバスで1時間ちょっと。そのうちコロナウィルスで面会制限されたけれど、母の場合は特別許可が出て通うことができました。私の気持ちは思いっきり沈んでいました。だから、花どころではなかった。

 母は退院を信じて、「看護士さんの名前を覚えて、名前を言うとすごく喜んでくれるのよ」と長い入院生活をなんとか気持ちを切り替えようとしていました。「朝、起きるとここはどこかなって思うの。その時アカオニくんを探すの。アカオニくんがいたら、ああ、病院だわってわかるのよ。」って。アカオニくんとは、私の絵本「まめまきできるかな」の表紙。母のために私がカバーを病室に貼っておいたのです。2月中旬になると、「おかしいのよ。11日からの記憶がはっきりしないの。」と不安そうに話しました。そして私の目をうるんだ目でじーっとみつめることが多くなりました。母は『今、私の具合は本当のところどうなの?』って私に聞きたいけれど、聞けないのだと感じました。私がこらきれずに泣き始めると、母も声をあげて泣きました。もう自分の命がそんなに長くないことを悟ったように。こらえきれずに母に抱きついて泣いてしまったら、母が私の頭をなぜてくれた。私が慰められてどうするのだ、情けない。

 頭をなぜてくれる優しい手がもうない、という事実を私はどう受け止めたら良いのだろう。

 今年でた「ひな祭りのお料理絵本」で、お寿司で作る雛ずしを紹介しました。母が私が子どものころに作ってくれたもので絵本の帯にそのことが書かれているのを見て母は私が驚くくらい喜んでくれました。そして3月3日に母は亡くなりました。

 携帯に残っている母からきたメールは、辛くて見ることができません。「気をつけて行ってらっしゃい」「体に気をつけて。」いつもいつも私のことを心配するようなことばかり送ってきました。私は自立していると思っていたけれど、すごく母に依存していたんだなと感じる毎日です。母がいないという現実がこれからいろんな場面で突きつけられるのだと思うと辛い。けれども私には家族がいます。夫や息子たちや孫たち。そして友だちがいます。今回も随分助けてもらいました。頑張って生きていかなくちゃ。

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 気がつかないうちに昨年の秋に植えたチューリップがすくすく育ってつぼみをつけていました。なんて可愛いんでしょう。つぼみの先から赤色が透けて見えます。温かな赤色。大丈夫だよって励ましてくれている、そんな風に感じました。
posted by あさえ at 11:22| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月03日

第223話  怖い話6連発

 今日は節分。「災い=鬼」を穀物のパワーを秘めた大豆で追い払って、厄払いをする日です。炒り豆でなくてはいけないのは、鬼にぶつけた豆が芽を出してしまうと縁起が悪いから。食べる数は年の数プラス1つ。旧暦では立春が元日を決める目安の日なので、立春から新しい年が来る、春が来ると考えられていたので、新しい年の分も健康に過ごせるようにプラス1つ、食べます。あんまり年齢が高すぎて食べられない方のために、「福茶」という飲み物があります。食べる数だけ豆をお湯のみに入れてお茶を注いで飲むだけ。地方によっては塩昆布を入れたり梅干しを入れたりするそうです。まだ私は福茶じゃなくても大丈夫。

 先日、息子家族の車で家に帰る途中、後部座席に私と6歳のあっくん、4歳のこうちゃんが乗っていました。ちょうど空に恐竜みたいな雲が浮かんでいたので、「あの雲は、悪魔の雲で、アクモっていうんだよ。悪い子がいるとひゅるひゅるっと車に入ってきて、ひゅるひゅるって子どもをさらっていってしまうんだよ。」と話しました。そうしたら、こうちゃんが目を見開いてじーっと私の顔を見て固まりました。効果ありすぎ。すると、あっくんが、「もっと怖い話して」と言いました。内心、えーって思いましたが、受けて立たなくちゃと思い、「病院のエレベーターで4階のボタンを押したのになぜか地下3階におりていってしまい、ドアが開いたら暗い廊下がまっすぐのびていて、体が自然に動いてしまい、廊下を歩いていったら、下に降りるエスカレーターがあってそれをおりていったら穴に吸い込まれてしまい、もう二度と出てこられなくなった」話をしました。そうしたら、「もっと怖い話をして」。えーっ。「鏡に吸い込まれる女の子の話」「シートベルトが取れなくなってどんどん閉められて体が真っ二つに切れてしまう話」「雨の日にタクシーの運転手さんがマスクをしている女の人を乗せた。バックミラー越しに、マスクを取った女の人の顔を見て運転手さんは青ざめた。なぜなら女の人には口がなかった」。「あっくんとこうちゃんが川で遊んでいるとスイカが流れてきた。家に持って帰って割ってみると、カナタ(従兄弟)が出てきた。カナタは全身赤くて黒い点々がいっぱいついていて、髪の毛が緑色で黒い縞模様。気がつくとあっくんとこうちゃんも同じような姿になっていた。」もうこの話で自分でも限界だなと思っていたところで家に着きました。こうちゃんが最後に一言。「アクモが一番怖い」。えーっ、そうなのー。
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鬼にしば犬前足マスク

大した話ではないのだけど、怖い話は気分が滅入ります。ちょうど今日は節分だから、豆をまいて厄払いだ!鬼はー外、福はー、来い来い!
posted by あさえ at 22:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする