2019年12月18日

第221話 お天道様が見ているよ 

「ひなたぼっこばなし」を2ヶ月ぶりぐらいに書きます。とにかく外出することが多くなりました。「外に出る」、ということは家で書く仕事に集中できないということ。仕方がないので原稿を手提げに入れて電車の中で続きを書きました。意外にこれがはかどるのです。でもどうしても手直しは必要になりますけど。それでも今年は、「はじめての行事絵本」(ほるぷ出版)のシリーズが8作まで出版され、来年あと4作が出版される予定です。一冊一冊絵描きさんが違うので、表紙の印象が変わってとてもいい感じです。12冊が揃ったら全部並べて眺めたいです。そのまま日本の季節の移ろいの景色が見られるかも。楽しみです。このシリーズを作ろうと声をかけてくださった編集者さんのおかげです。感謝してもしたりない。ありがとうございます!

 来年は行事シリーズつながりで、新しい絵本のシリーズが始まります。また「子どもと楽しむ行事とあそびの絵本」(のら書店)の続編(行事ではありません)が出る予定。大好きな紙芝居と保育絵本のお話も考え中です。注文をいただけるのはとても嬉しいです。来年もどんどん書きます。
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 最新作「ぽかぽか ゆずおふろ」でーす

 でも1日の時間は24時間と決まっています。外出する仕事が多くなったということは、何かを減らしていかなければいけません。そこで、大変申し訳ないのですが、講演会をいくつかお断りさせていただきました。あれもこれもではなく、書く仕事を一番にして優先順位を決めていかないとと思っています。

 来年、私の座右の銘にしたいと思う言葉は、「お天道様が見ているよ」。こどもの頃、「人の見ていないところで悪いことをしても、お天道様が見ているから、してはいけないよ」と言われたものです。忙しいと、つい人の気持ちに気がつかなくて傷つけてしまったり、丁寧にやらず雑にやったためにあとで大変なことになったりすることがあります。自分の心の持ちようを戒めてくれる言葉だと思います。私の知人が先日こんなことを言っていました。友人と激しい口喧嘩をした時に、その人が最後に言った一言が、「天が見てますよ」だったそうです。(私の知人は無宗教ですが、その人はクリスチャンだそうです)
「お天道様」は太陽、自然。「天」は神様?私はクリスチャンではないのでよくわかりませんが、この違いも興味深いなと思いました。

 愛犬、まるちゃんが、18才と7ヶ月。ほとんど寝たきりの状態ですが頑張っています。体が硬直して痙攣したり、目玉がくるくる回っていたり、私たちをびっくりさせてくれますが、生きています!なるべく体を撫ぜてあげて声をかけてあげています。しかし、夜中のほえ声は・・まるちゃん、なんとかして〜。これからまるちゃんで年賀状を印刷します。みなさん、良いお年をお迎えください。
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スヤスヤまるちゃん
 
posted by あさえ at 12:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月27日

220話 小さな人たちと

 あっという間に金木犀が散ってしまいました。4歳のこうちゃんが、土の上に落ちた金木犀の花を一つひろい、大事に家まで持って帰りました。小さなお皿に乗せてじっとみて、「小さいねえ」となんども言いました。拾われた金木犀のお花は日毎に小さく、黒くなり、消しゴムのカスのようになりました。でもこうちゃんの希望で、しばらくそのままにしておきました。幸せな金木犀。
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今も金木犀の花にはちがいありませんよー。

 また違う日、夕方こうちゃんとお兄ちゃんのあっくん(6歳)と私とで、焼き鳥を買いに行きました。その帰りに公園で遊んでいこう、ということになり、ちょっと寄り道をしました。夜の公園で高校生のお姉さんたちがブランコを楽しそうにこいでいました。あっくんたちは滑り台の階段を登り始めました。そしててっぺんについたとたん、あっくんが大きな声で言いました。「ばばちゃん(私)、お月様だよ。ほら、ほら。」。指差した方を見たら、雲の間からちょうど十日月ぐらいのお月様が顔を出していました。「ほんとだ。お月様、きれいだねー」と返事をしました。あっくんは、しばしお月様を眺めてから、スーッと滑り台を滑りおりました。お月様に気づいて喜ぶあっくんの感性って、いいなあとしみじみ思いました。

 また違う日、あっくんが、「ばばちゃんに見せたいものがあるの」と嬉しそうに言います。「じゃあ、連れてって」と一緒に行ってみたら、駅のそばの文房具屋さん。「ほら。まるちゃん」。指差したものは、しば犬のウェルカムボード。「ほら、ここにも、マルちゃん」。しば犬のカレンダー。「わあ、まるちゃんだ。嬉しいなあ」って言ったら、あっくん、ニッコニコ。前に来た時に見つけて、私に見せてあげたいとずっと思っていてくれたことが、すごく嬉しくて、可愛くて、幸せな気持ちになりました。

 小さな人たちは、純粋で優しい。息子がこうちゃんぐらいの時に書いてくれた「お守り」が出てきました。そこには「ままきれいすきままがんばてね」と書かれていました。そんな可愛いことを書いてくれた息子も、今ではこうちゃんとあっくんと10月に生まれたばかりの壮祐ちゃんのお父さん。時の経つのはなんて早いのでしょう。私も随分長く生きてきたけれど、小さな人たちと過ごしていると、かつて自分の中にもあった純粋さや優しさ(少しは残っていると思うけど)が呼び起こされるようなそんな感じがします。
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鏡文字まじり文。かわいい!    

posted by あさえ at 21:47| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月04日

第219話 葉っぱがひらり 

 8月に、二つある倉庫を整理して一つにまとめる作業をしました。物を整理するというのは大仕事。息子たちが協力をしてくれたおかげで重いものもスムーズに運ぶことができました。そして今、家には大きな茶箱と同じくらいの大きさの収納箱がきています。茶箱には息子たちが3歳から通っていたアトリエ「小さな画家たちの家」で描いた絵がどっさり入っています。どれも素晴らしく、処分することができません。困ったなあ。とりあえず、今、倉庫から持ってきた額縁を7枚、世界堂でガラスからアクリル板に変えてもらっているのでそれが戻ってきたら絵を入れて壁いっぱいに飾ろう。うん、そうしよう。

 それからもう一つの収納箱にはアルバムと、息子たちが幼稚園の時に園で作った製作物が入っています。母の日、父の日に私たちの顔を描いた絵、一番多いのは当時家にいたしば犬ナックの絵。それから小学校の低学年の時に書いた作文や夫が海外に行くたびに息子たちが作って渡したお守りなどなど。息子の一人が6歳の時に1ヶ月入院したことがあったのですが、その時に幼稚園のクラスの子たちが書いてくれたお手紙や絵もどっさり。どうしよう。捨てられないなあ。困った。でもこれは息子たちのものだから、一応どうするか聞いてみないといけません。

 アルバムは見始めると時間がいくらあっても足りません。今はデジカメでじゃんじゃん撮るけれど、私にはやっぱり一枚一枚アルバムに貼り付ける昔?流の方がしっくりします。母や私の手書きのキャプションが書いてあって温もりを感じます。でも、どうしよう。この写真たち。私が死んだらどうなるのかしら。息子たちはいらないだろうな。娘がいたら大事にしてくれるかも知れないけれど、残念ながら娘はいないし。一応、息子たちに聞いてみよう。
 
 息子たちの製作物はまとめてファイルされているのですが、それを持ち上げた時、ひらりと葉っぱが一枚落ちました。おし葉状態でカラカラ。「えっ?」と思ったら、それは息子が幼稚園の時にドングリや葉っぱを紙にセロテープで貼り付けた作品から落ちたものでした。34年前の葉っぱ……。幼児だった息子たちの顔がパッと目の前に浮かびました。可愛かった。子育てしているときはこの忙しさがずっと続くと思って気が遠くなっていたけれど、今思えば、もっと丁寧な子育てをすれば良かったとしみじみ思います。34年前の葉っぱは大事に手帳に挟みました。だんだん粉々になっていってしまいそうだけど。
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葉っぱ。息子が小学校、中学校、高校、大学、就職、結婚してお父さんになるまでずっと静かに紙に張り付いていたんだ。

posted by あさえ at 09:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする